執筆者:行本渚(Wリーグ デンソーアイリスチーフトレーナー)
本記事はデンソーアイリスチーフトレーナーである行本渚氏よりご寄稿頂いております。
女性アスリート特有の身体的・生理学的特徴に対して、我々メディカルスタッフはどのようにコンデションを管理していけばよいのか?
障害予防やパフォーマンス管理はもちろん、キャリア終了後のQOLにも関わってくる女性アスリートのコンディショニングについて、その基礎と実際の取り組みを通して理解していきましょう。
月経の基礎知識
女性アスリートの月経に付随する諸症状
月経期間は各々異なるが、基本3-7日間である。症状を期間によってまとめる。
月経前(3-10日)
月経前症候群(PMS)→腹部膨満感、頭痛や腰の痛み、体重増加、手足のむくみ
関節弛緩性
抑うつ、イライラ、不安感、食欲増加
月経1日目
腰痛、下腹痛、体重増加、体脂肪率増加
抗えない眠気、イライラ、抑うつ
月経2-3日目
激しい下腹部痛、腰痛、頭痛、体重増加、体脂肪率増加、手足のむくみ
ホルモン分泌による基礎体温の変化
イライラ、抑うつ、集中力低下
基礎体温+ホルモン分泌
低温期:36.0~36.5℃くらい
高温期:36.5~37.0℃くらい 選手によっては37.5℃くらいもいる(発熱との鑑別が難しい)
生理周期に関して
正常月経というのは、25-38日の範囲で生理が定期的に来ること(日数変動は6日以内)
・不整周期:月経周期が不規則で次回の月経日が予測つかない
・頻発月経:月経周期日数が短く、24日以内
・稀発月経:月経周期日数が長く、39日以上
・継発性無月経:初経後に月経が90日以上の間、月経が来ていないこと
無月経に関しては後ほど記載。
月経による鉄の損失
月経により平均37㎖程度(0.55㎎/日の鉄損失)の出血量がある。出血量は人により変化が大きく、多い人では60㎖の出血量がある人もいる。
貧血傾向の選手は月経時に注意が特に必要である。
女性アスリートの三主徴
月経と女性アスリートの話をする上で忘れてはいけないのが「利用可能エネルギー不足/(視床下部性)無月経/骨粗鬆症」3つを合わせて女性アスリートの三主徴と呼ばれている。
1.利用可能エネルギー不足
利用可能エネルギーとは、身体機能を維持するために利用できるエネルギーのこと。
このエネルギーが、極端な食事制限やオーバートレーニングによる不足することをいう。 それに伴い、生理不順や無月経を引き起こすことが考えられる。
2.無月経
エネルギー不足、体重減少、オーバートレーニング、ストレスなどが原因で視床下部のコントロール機能低下が起こる。このことが、卵巣機能の低下を生み無月経を生じる。
チェック項目は、①15歳以上で初潮を迎えていない。②3ヵ月以上生理が来ない。の2点。
②に関しては初経から3~4年は生理周期が不安定なので年齢も考慮すべき。
3.骨粗鬆症
女性ホルモン(エストロゲン)の分泌量低下により骨量・骨密度が低下し生じる疾患。
*PMS症状が強い場合や月経不順(無月経を含む)が疑われる場合は婦人科への相談が必要。
女性アスリートのコンディショニング
女性アスリートのコンディショニングではここまでに述べた症状について選手から相談しやすい環境を作ることが重要であり、現場トレーナーや女性アスリートに関わる医療関係者は以下のことを心掛ける必要があるだろう。
・選手自身への月経に関する適切な教育
・スタッフと選手の日頃のコミュニケーション
スポーツ現場における月経管理方法
1.アプリでの管理(アトレータ/ONE TAP)
2.紙媒体(選手本人に毎日コンディションペーパーを書いてもらう)
※コンディショニングペーパーは月経管理だけではなく体調全般を確認するもの
安静時心拍数/基礎体温/起床時体重/練習後体重/睡眠時間/月経有無/コメントなどを記す。
月経と外傷の関連
生理周期・ホルモン分泌と関節弛緩性の関連
・排卵日付近で膝前十字靱帯損傷のリスクが高まるというエビデンスが蓄積しつつある。
・近年は黄体期に分泌される「リラキシン-2」が高値のアスリートでは黄体期における外傷のリスクが高いことが研究されている。
・月経前(黄体期)に腰痛が起こりやすくなるのは「リラキシン-2」の作用により、仙腸関節の弛緩が生じることによる場合が多い。
・足関節:前方引き出し検査では緩みを感じやすい。
・膝関節:Qアングル変化により膝蓋骨(外方)変位が起きていることが多い。
・肘関節:過伸展チェック時に弛緩性増大を呈することが多い。
関節弛緩による選手の訴えに対する対応
・関節弛緩性により既往歴のある関節の疼痛や動揺性(違和感・はまりが悪い)を感じる選手は少なくない。
足関節・肘関節(過伸展)・膝関節・腰部(仙腸関節含む)
・選手から関節の緩さや違和感・疼痛の訴えがあった場合対応
そのタイミングで靭帯損傷を起こしているわけではなく、関節自体の不安定感が違和感や痛みの要因になっていると考えられる。
これらのことから以下の取り組みで対応することが多い。
1.練習前の個別的なExを実施
関節周囲筋に刺激を与ことで、筋出力の意識づけなどを行う。
<部位別エクササイズ例>
足関節:カーフレイズ・片足SQ
肘:アームカール
膝:SQ・ヒップリフト・片足SQ
腰部:片足SQ・胸椎モビEx…
2.症状のある部位に対してテーピングを実施
<部位別テーピング例>
足関節:ルイジアナテープ
膝関節:スパイラルテープ
腰:仙腸関節サポートテープ
肘:スパイラルテープ
※アライメント不良出てしまう場合(下腿外旋・踵骨過回内…)ロイコテープでアライメント補正補助を行うこともある。
下腿外旋:ロイコテープ+スパイラルテープ
踵骨過回内:ロイコテープ
月経とパフォーマンスの関連
1.基礎体温の変化
黄体期は基礎体温の上昇がみられ、卵胞期に比べると発汗量が多くなる為、高温多湿下での運動パフォーマンスが低下する。
黄体期に水分補給を通常時より気に掛けるべきである。
2.月経周期が最大筋力に与える影響
上記の文献からは排卵期に最大筋力の向上がみられる。Weightのメニュー作成にも変化を付けることが特に個人スポーツの場合は良いかもしれない。
持久力(最大酸素摂取量)に関しての文献もあるが文献数が少ない為、今回は割愛。
月経に関するチームでの取り組み
選手自身
1.月経1週間前程度から体重増加と体脂肪率高値(水分の貯留など)がみられる
→体重増減が影響する階級制の種目は特に注意が必要
→階級制の場合は試合の日程に合わせてピル(低用量ピル)を使用することにより、コンディショニングを行う場合もある。
→食欲増加に伴うエネルギー摂取の選択を伝える。
スナック菓子や過剰な砂糖摂取(チョコ、生クリームなど)をしがちになるが、ゆで卵・納豆・サラダチキンなどを勧める。
2.水分の貯留により、浮腫みやすくなる
→セルフオイルマッサージ(足関節→下腿→膝→大腿:求心性にマッサージ)
→着圧ソックスや着圧タイツを着用する
3.月経時痛(腹痛)を伴う下痢を訴える場合が多い
→下痢が過多になると短期的な脱水になる可能性がある。
→練習中だけではなく、練習前と後もスポーツドリンクを摂取させる様に伝える
4.生理直前~生理中は気持ちが上がらないことやイライラする事も多くなる
→メンタルコントロールとして、メンタル状態を記録しておくことも大切である。
自覚をさせることで、周囲への対応の悪化を防ぐことができる。
トレーナー・スタッフ
ATは選手の生理周期や生理時の状態を把握することにより、選手がより良いコンデションで練習や試合を実施できるように準備することが重要である。
1.関節弛緩における関節疼痛に対しての個別的な対応が可能
テーピング/エクササイズ/ピル服用
2.月経時痛(腹痛)の症状がある選手へ事前に「疼痛緩和」の対応が可能
腹部温熱/服薬/東洋医学的治療
3.コミュニケーション方法を変化させる
集中力がない選手や練習意欲が上がらない選手の把握や対応など
4.他スタッフとの連携
→S&C
選手によっては関節弛緩性が高まることにより、関節の不安定感を感じることがある。特に多いのが仙腸関節の弛緩性増大による腰部不安定性で、トレーニング時に普段以上に代償運動が起こることがある。また、急性の仙腸関節障害を起こした事例もある為、注意が必要である。
→コーチングスタッフ
個別対応が必要な選手(腹痛が強い、関節弛緩性による疼痛が出る、抑うつ症状になる、初日のみ身体がとても重い・動きが鈍い など)の情報は事前に報告。プレイ制限を行うことは基本無いが、共通認識を持つことによりある程度のパフォーマンスの上がり下がりを想定できる。
自身の経験と現場の声
<筆者総括>
女性にとって月経(周期)による体調変化は大小あるにせよ感じる。それはアスリートにおいても同じであり、人それぞれに悩みを抱えていることが多い。しかしながら、現状のスポーツ環境では「生理の話はタブー」という感覚が根強く残っていると感じる。
女性アスリートと関わっていく中で重要なことは、お互いに「生理」の話ができる環境を作ることである。
その為には、選手への普段のコミュニケーションをしっかりと取ることは勿論、月経における適切な知識をトレーナー側が持っていることが必要である。
男性は月経の経験はできないので月経による体調不良を完全に理解することは難しい。そして、学生時代に授業で「月経」に関して多く取り上げられたという記憶もあまりないことから、男性スタッフは女性スタッフ以上に月経への知識を自分から得ていく必要がある。
その為にも「女性アスリートと月経」に関する講習会を選手だけではなく、男性スタッフも含めたチーム全体で受講することは重要な取り組みだと考える。選手だけではなくチームに関わる人たちが共通認識を持ち、月経周期も含むコンディショニングを行うことでピークパフォーマンスへ少しでも近づけると考える。